「教育問題」「美術教科指導」等駄文であれこれ感じたことを綴ってます。


by hakusuke
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カテゴリ:時事問題 教育問題( 47 )

市の審査会から

 先日、市内の美術を指導している教員たちが集まり、造形教育作品展の審査を行った。切ないというか?時代なのか?「指導できる時間が足りない。」「描写まで至らない。」「表現力が不足している。」「審査日に何とか間に合わせた。」などなど。

 『作品の大きさ』
 作品が大きければ、制作にかける時間もかかる。他校で2点透視図法の平面構成B3サイズで出展していた。しかし、指導した先生から「なんとか終わったと。」といった話を伝えられた。私も、2点透視図法の平面構成B4で取り組んだ。B4サイズで、ゆとりを持って課題を終えることができた。見栄えの面で考えると、やはりB3の方が大きくもあり迫力もある。どちらの指導として適切なのかわからない。

 『描き込み不足』 
 『自画像』の作品も,複数の学校が出展していた。ちなみに、私も『自画像』作品を出展し審査してもらった。時間をかけてきた作品は、やはり見応えも出来映えも雲泥の差だった。私は、授業時間だけで描かせた作品を持参した。他校の作品に比べて、決して出来映えのよい作品とはいえない。ようは、授業時間だけでは、時間が不足していて描き込みまで至らないのだ。今後どのように解消していけばいいのか? 

 『表現力の不足』
 一概に何ともいえない。各学年ごと、段階を踏んで身につけるべき技能を習得する。どれだけ、基礎・基本と言われるところを奇襲させてくることができたか?といったところも課題。こちらに関しては、今の段階で何とも答えられない。

 指導力不足といえば、その通りなのだが実際問題、授業外で指導できる・行える時間は限られている。ピックアップした生徒を中心に、じっくりと指導してもよかったのだが、私は気が引けてしまう。私自身の指導成果として、授業外にじっくりと描かせ指導することも大切であろう。果たして、この活動が生徒のためになるのか、私には「やれ!やれー!!」といった印象を受けてしまう。
 
by hakusuke | 2009-10-09 00:11 | 時事問題 教育問題 | Comments(0)
 「ケータイ、メール 小・中学校禁止」に,私は賛成です。朝の会でこの新聞記事を紹介したことも含め,給食食べながら,学級の生徒達には「何で?」と聞かれた。
 
 理由は簡単。「必要ない。」ハイそれだけです。生徒指導部で行っている年2回実施する生活調査をみると,我が1年生40名の生徒中8名は携帯電話を所持している。使用している機能内容を見ると,①メールする ②サイトを見る ③目覚まし時計である。

 メールでコミュニケーションがとれると思っていたら勘違いです。やはり,家庭でも地域の住民に対しても,「おはようございます」「ありがとう」「ごめんなさい」等,しっかりと相手を意識した会話ができることは大切です。携帯電話を所持している子どもを観察していると,あいさつにドギマギしている生徒も多く感じる。

 携帯電話を持たせるのならば,家族でしっかりとしたルールを決める必要があると考えます。投稿後,怒り狂ったかのように,「お母さんにメール見られた!!(先生)どう思う?」と生徒に聞かれることもある。「いや~いいと思うよ。支払っている方はおうちの方だし。怪しいと思うことを書かなければいいわけだし・・・」と伝えてしまう。
 はっきりいってルールがなければ,子どもは好き放題に携帯電話使用するでしょう。軽はずみな行為から,事件に繋がるなんてことも簡単にあり得ます。決して子どもを信用していないわけではなく,信用したいからルールを決めるのです。「大したことに使わない」と思っている保護者の方がいたら,私は考え方を見直すべきだと思います。

 また「GPS機能があるから持たせたい。」という方もいるでしょう。GPSがあるから安心といった考えも疑問です。本当に心配ならば,お互いに連絡を取れる方法を伝えあい,送迎すればいいのです。また,地域の方々ももっと,児童・生徒達を見る機会があればよいのかなぁ?と私は感じます。
 一昔前まで,携帯電話なんてものはなかったのだ。なくても生活できたのだ。しかし,便利!便利から普及してしまったのだ。また,通信会社の格安な料金から,多くの人が所有する便利なものの一つとなってしまったのだ。






 
by hakusuke | 2009-02-07 17:11 | 時事問題 教育問題 | Comments(2)

ネットの社会の落とし穴

平成21年2月6日朝日新聞朝刊からコピペします。リンク先を読みたい方は,こちらをお読みください。数週間後ネット上の掲載は削除されることもあり,気になった記事なのでそのまま掲載します。

 もしもあなたがインターネット上で「人殺し」などと根も葉もない中傷を受けたとしたら――。
被害はおそらくネットの場にとどまらないだろう。日々の生活のなかで疑いの目を向けられるかもしれないし、仕事にも影響しかねない。そうしたひどい中傷に対する重い警告の意味も込めたのだろう。
 お笑いタレントの男性のブログに事実無根の書き込みをしていたとして、警視庁は全国に住む18人を名誉棄損の疑いで書類送検する方針を固めた。また、タレントを「殺す」などという内容を書いたとして、1人を脅迫の疑いで書類送検した。ブログへの書き込みをめぐる集団摘発はきわめて異例だ。それほどネットの世界には、悪質きわまりない書き込みがあふれているということだ。根拠のないデマを流して、身近なだれかを誹謗(ひぼう)中傷する。著名人の発言が気に入らなかったとして、やり玉にあげる。おもしろ半分で始まった書き込みが、敵意をむき出しにした攻撃へとエスカレートすることもある。それをあおる人たちまでいるから厄介だ。だが、書かれた方はたまらない。いじめられた、と感じて追いつめられる子がいる。「血の海になります」との犯行予告を書き込まれ、講演会の中止に追い込まれた評論家もいる。
 深刻なのは、そうした無責任な書き込み行為が幅広い層に広まっている点だ。今回摘発された中には女子高校生から国立大学の職員までいた。07年に全国の警察に寄せられたネットでの中傷被害の相談は9千件近くにのぼる。お隣の韓国では、被害にあった女優が自殺する騒ぎがあった。もはや見過ごせない状況だ。背景にあるのは、名乗らずに発信できるネット社会の特性だろう。だが、自分だけは姿の見えにくい場所に立って、一方的に悪口を浴びせたり事実に反する書き込みをしたりするのは、あまりにも卑劣ではないか。 
 もちろん、ネットそのものの役割は前向きにとらえたい。だれもが世界に向けて自分の意見を発信できる。この新しいメディアによって、表現や言論の舞台は大きく広がった。その場はしっかりと守らなくてはならない。だからこそ、その発信には責任が伴う。だれかを根拠もなくののしる行為はまっとうな意見表明とは異なる。批判するならば、事実にもとづいて自分の考えを冷静に伝える。そんな慣習が、急速に拡大したネット社会にはまだ根づいていない。
今回は被害の訴えを受けて警察が乗り出したが、健全なネット社会を築くには世の中全体の努力が要る。学校も家庭も、ネットの使い方と発信者の責任をきちんと教えるべき時代になった。


 指導している1年生は,ちょうど1週間前情報主任(2組担任さん)の特別授業で,情報モラルについて考える内容を取り扱った。資料がよいと感じた。○先生と私は同年齢であり,生徒と一緒に説明内容を聞きながら,話の仕方であったり,資料の読み方など参考になりました!○先生話題提供,ありがとう!
 <その1>
 使用した資料は,松本サリン事件のことを取り扱った内容だ。たまたま,家庭に一般家庭にはあまり見かけない薬品を持っていたこと,地域と接点をあまり持っていない人柄だった河野さんは,報道者,雑誌記者から根も葉もない噂を立てられ,殺人犯だと被害者となってしまった。あくまで噂であったり,イメージを記しただけで,河野さんは殺人犯扱いとされてしまったのだ。
 松本サリン事件のことは私も覚えている。私も当時新聞を見ながら,「犯人なんだ~」と言った錯覚に陥った一人である。生徒と共に,○先生が資料として印刷した当時の新聞記事を読んだ。中1の生徒達は,松本サリン事件の当時生まれていない。この事件について,聞いたことのある生徒は40名中2名だった。

 資料を読み,ある生徒(事件のことは知らない生徒)が,「この人が犯人だ・・・って何処にも理由はないよ」とぽつりと言った。そうなのだ。確かに資料には,犯人と特定する内容は何も記されていない。「~だそう」「のようだ」といった言葉だけが綴られている。この生徒の発表から,数名の生徒も,「あぁ・・・確かに何処にも犯人として特定できるのはないなぁ」と言い合っていた。
つまりは,根拠のないことを話をすることで,被害に遭うこともあり得るのだ。
 生徒の行動でも見過ごしてはいけない。「○ちゃん○君のこと好きなんだって!」なんて事実と関係のない噂話から,本人の気持ちを無視して,周囲の生徒達がはやし立ててしまうときもみられる。本人にとってみれば,偉い迷惑な行為である。

<その2>
 ブログの中傷について。資料はブログと携帯電話のメールについてプリントスクリーンされた資料だった。携帯メールには,「20時にメールをよこせ!宿題を忘れたから,回答を送信しろ!!」といった内容。ブログは,ムカツク日だったというタイトルで,書き込み内容は○のやつ死ね!うざったい!!だの記されていた。

 生徒達の反応は,「こんなことして楽しいのか?」「嫌なメールは見たくない」「送信された,この画面を見た人の気持ちを考えていない」だの,これらの行為に好感は持てない様子が記されていた。まぁ,学級担任の私からみても素直なメンバーなので,自分の気持ちに正直に記した感想だと思った。

 私など,コンピュータがインターネットに繋がっていないと少々イライラしてしまう。それだけ,インターネットが日常と化している。なければないで生活できるのだけど,多くの情報を得られるインターネットは,非常に重要なアイテムの一つである。
 いずれにせよ,見えない相手だからと言って「死ね!」なんて書き込みするものじゃない。路上ですれ違った人に,あなたは「死ね!」なんていえますか?私はいえませんよ。

 学級の朝の会で,この記事を読みながら,再度情報モラルについてみんなで考えたのでした。只今新聞記事は教室に貼りっぱなし・・・


 


 
by hakusuke | 2009-02-07 15:20 | 時事問題 教育問題 | Comments(0)
  県の財源確保により教職員6%カットについて,別エントリーに記しました。6%と部活動手当について,感じたことです。


 会議終了後,若手教員を中心に,「部活動手当は値上がる方向性」とも伝えられた。我が校の若手メンツ一同,「値上がりより休日を下さい・・・」を苦笑いでした。
 一応私も若手に部類する身です。2年目研修中の昼時も,炉辺談話で部活動手当について話をしました。
 保護者の方はどれくらいの額と捉えているでしょう?保護者の半数以上が,「教員が一時間部活動に関わると1000円ぐらい貰っているだろう」と考えていると思います。違いますよ。その1/3ぐらいです。教員の部活動手当は,わずかな額です。

 上記のようなこともあり,中学校教師たちが記しているブログには,部活動に対する不満を記している内容も,時折見つけます。自分の専門外にあたるスポーツや文化活動での指導の辛さや,部活動と手当が割に合わないことなど。部活動手当が無償よりは,よいことでしょうね。

 部活動も大切ですが,学校漬けの生活ではなくてよいと思うのです。部活動をもっともっと,地域の指導者にお願いできるところはお願いすることも大切でしょう。根本を変えるならば,頂点から変えねばなりませんが,書きません。
 
 さて,私の生活を振り返るならば,月から金まで朝7時30分~21頃?(かなりさば読んでいます)退勤時間となるような生活ならば,土・日ぐらい,家庭を大事にできる時間を確保すべきです。特に若手ならば,部活動よりも,もっと教材や指導方法をじっくりと研究できる時間の確保をして欲しいです。
 部活動指導して,教材研究もして,授業しっかり行える教員もいるでしょう。しかし,私はそんな器用なことはできません。


 先月校内研修の一環として,道徳の授業研究が行われました。炉辺談話で学年主任に伝えられた言葉は,考えさせられました。主任曰く,「今の若い先生方は,学力向上云々で,道徳・特別活動・総合的な学習の時間を研究できずにかわいそうだ(おろそかになっている)」と言われました。確かに・・・(-_-;)

 私も日々がむしゃらです。生徒会がらみで,特別活動の指導力をつけようか?悩んでいます。今は道徳指導ができるよう,あれこれ指導を試みています。「恐らく道徳が指導できるようになれば,他教科も上手い指導できるだろう。」と楽観的です。まだまだ勉強不足の私ですけど・・・。
by hakusuke | 2008-11-15 10:24 | 時事問題 教育問題 | Comments(0)

県の予算6%カット

10月30日,11時40分,村井知事は,宮城県三者共闘会議に対し,県財政危機を理由に「2009年4月から2011年3月までの2年間, 県職員給与を6%削減したい」と提示してきました。

 私は,バタバタしながら朝刊に目を通したのち出勤した。この日,職員会議があり,各学校長宛に届いたFAXだったかな?この趣旨やら記された文書を読みました。「あちゃぁ・・・」「6%カット痛い・・・」等職員からの声。

 県の財源確保の趣旨は,私は理解できた。不満は多いけれど、現状だからいたしかたないといえばそれまでかな・・・。

 しかし!県造形展の会場が借用できなくなる。→「次年度以降造形展とりやめ」というのは,考えものだ。

 以前から「県造形教育展は予算確保が大変だ。」と伝えられていた。美術の授業時数は現状のままだが,選択教科の授業時数も削減となった新年度以降の美術教科を考えると切ない。
 確かに予算面で苦しいと思う。しかし,他管区の児童・生徒の作品を見ることができる場であったり,教職員も児童・生徒の表現方法から,指導内容を学ぶ機会だと私は捉えています。私の勤務地域から,仙台に出向くには遠方です。
 しかし,県に出展案内内容を記したお便りを発行したところ,休日出向いてくれました。「色んな作品があるんですね」「○中学校だったかな?立体作品が面白かった」と話をしてくれました。
 
 昨日の市児童・生徒造形作品展搬入時に,造形展に関わるアンケートを記入してきました。記した内容は,上記に記したような内容です。造形展についてのアンケートを部会長さんとりまとめて後日発想でしょうから,他管区も実施するでしょう。 

 
by hakusuke | 2008-11-15 10:13 | 時事問題 教育問題 | Comments(0)

学習指導要領改定!

 本日の新聞には、大きく学習指導要領改定が記事をしめています。
全くもって考えがまとまっていないため、リンク先をエントリーしておきます。テスト採点終了後、追記エントリーしましょう。

文部科学省
学習指導要領改定案のポイント
中学校学習指導要領案
小学校学習指導要領案

 中学校美術に関しては、PDF90ページに載っています。

美術の授業時数が削減にならなかったことは、胸をなで下ろしましたが、決して安堵したわけではありません。新聞記事を読みながら、悶々としながらしっくりとこないことが多々ありました。

あれこれ考え、伝えたいことが多々あるので、思いつき次第エントリーしていきます。Tagに学習指導要領をつくりますので、関連させてお読みください。


 
by hakusuke | 2008-02-16 21:11 | 時事問題 教育問題 | Comments(1)
体育教師武道必修体育は,新しい学習指導要領になると,授業時数が増える。羨ましい・・・。

 私は剣道・柔道やってきていることも含め,武道実施することはかまわない。しかし,体育教師一人で武道指導することは,どう頑張っても個々の生徒の練習状況を把握することは大変だと思う。学校裁量になるのだろうけれど,体育の指導はそれこそTT(ティームティーチング)で指導しないと危険極まりないだろう。

 武道必修にするならば,何故文科省は「ダンス」考えてくれなかったのだろう?

 私は「ダンス」を取り入れてほしかった。昔のことを記しても,どうかと思いますが,私が中学生だった頃は,男女共修時代ではなかった。そのこともあってなのか?(当時の学習指導要領を見直す気力ない・・・)ダンスが冬場に授業にあったものだ。ダンスといっても創作ダンスです。
勤務校の生徒たちに,「ダンス体育授業でやったよ!」といったら笑われましたが,ダンスがあ授業としてありました。何で笑うんだよ?

 高校に進学後も,ダンスはありました。女子校だったこともあるのでしょうが,体育とは別に,必修として確か高2の科目にあったはずだ。エアロビクスにはじまり,よさこいやら,総合発表と称して,創作ダンスで評価されたはずだ。今思うと,この高校で指導された教諭は表現教育を専攻した方だったのだと思う。

 武道も良いけれど,ダンスは一種の表現。学生だった頃は「つまらんなぁ・・・」と感じていたけれど成長するにつれ,手足の動きを見せる身体表現として面白いなぁと思えるようになってきました。創作ダンスとなると,衣装づくりや音楽を選曲することなど,表現も幅広くなります。いわゆる総合美術です。

 武道必修にして,女子は長刀なんぞ,安易すぎる。日本の文化について気づかせたるためならば,武道でなくとも茶道,水墨画を描くこと等体育以外で気づかせるはできるだろう。どうなるのだか?新しい学習指導要領は・・・?


 後でもう少し整理します。m(_ _)m

 
by hakusuke | 2007-11-25 00:13 | 時事問題 教育問題 | Comments(2)

パブリックコメント

文科相HP開き読む。新しい学習指導要領について、意見を求めていることが記されていました。

教育課程の審議会これまでのまとめ
 「切り絵題材」をはじめ、授業を見直しする上でもじっくり読み考え自分の意見をせいりしたいです。私は、全て印刷して読む時間はありません。美術担当者として、96ページ以降、図画工作、中学校美術、芸術は読み考えたいです。

<追記> 11月9日(金)22時50分
 山崎先生ブログに、同様の内容でエントリーあります。ご覧下さい。
 
 
 
by hakusuke | 2007-11-08 22:42 | 時事問題 教育問題 | Comments(0)
 先日高山辰雄画伯が亡くなりました。私は高山辰雄画伯の描く絵が好きでした。言葉として伝えられるかわかりませんが、静寂感とでも記そうか?油絵やフレスコ画では表現できない、日本画だからこそ伝わるあの表現です。

 大家が亡くなって改めて感じることは、これだけの素晴らしい画家がいる・いたことを、教科指導担当でありながら伝えること・気づかせられていない自分が悔しく感じてしまう。授業や校内掲示物の工夫等で、作品を見る機会を多くできればよいのだけど、じっくりと腰を据えてこれらの活動に向きある時間が取れないことも現状です。


 職員会議・学校評価では、「教材研究ができない」といった発言や、書き込みが毎年どの学校でもある。講師時代を含め,学校評価では「あぁ。また誰かが書いたなぁ」と時間がないことについて,誰かは分からないけれど記している。時間など自分でつくるものなのだろうけれど、会議や大きな行事の分掌をあてがわれると、心を落ちつけて資料づくりなどできたものではない。


 教員なら誰もが感じることだろう。自分の専門分野は、何かしら児童・生徒達に興味・感心をもたせたいのが心情であり、児童・生徒が興味をもたせられるような指導をつくりたいと思うだろう。じっくり教材について検討し、指導に生かしてが,教師の勤めだと私は考える。たまたま私は、美術担当だからこそ、美術に興味関心をもたせられればいいなぁと感じるし,このブログエントリーにしても,日常生活の中で,ついつい考えることも,美術教育に結びつけて考えてしまう。ある意味職業病・・・。

 本来生徒達の成長を考えるならば、何が必要なのだろう?

 美術という教科を、学校の生徒全員が好きになってくれとはいわない。選択教科のあり方として、生徒も教師も、もっともっとゆとりがある指導を進めることや、学習指導要領にある発展的な指導で、個々の生徒達の能力を高める指導を考えなくてはいけないだろう。
 体育で体を動かすことを好むならば、多いに体を動かして欲しいと願うし、陸上でも武道でも、必修教科以上に体力や記録を伸ばして欲しい。音楽が好きならば、きれいな音色で演奏することや、美術と同様作家について深入りしてもよいだろう。
 
 文科相では、総合的な学習の時間、選択教科の時数削減と発表している。どのような観点から、児童・生徒達の心の成長や、能力を見つけ育てていきたいのか検討して欲しいと思う。
by hakusuke | 2007-09-16 15:13 | 時事問題 教育問題 | Comments(0)
 昨日、帰路武道必修化といった記事・話題に、ウダウダ考えながら車を走らせ帰る。 5日の朝刊には、学習指導要領改定内容の一つに、体育(武道の必修化)が記されていた。

 ちょうど、この記事を読む前に、我が勤務地の教育予算について、事務長と話をしていたことも含め地域の財源不足を懇々と炉辺談話をしていたことも含め、「市教委の予算何処から工面できるのだろう?」と感じた。また、私は剣道をしていることも含め、防具代ぐらいは把握している。防具の中にも、安価な教材用の防具もある。しかし、体育の時間で使用できる防具の予算など限られているはずだ。

 防具の用意はできるだろう。しかし、美術を指導している者も同様だが、体育教師も自分の専門分野があるだろう。武道専門分野でない方の武道指導の指導で負担はどうなるのだろう?とも考えることも多かった。陸上専門の方もいれば、体操を主とする体育教師もいることだろう。教職課程を履修する上で、基礎的なことは学んでくるだろうけれど、やはり不得手とする内容はあるだろう。

 礼儀作法を学ばせることや文化を知るならば、あえて女子生徒にはお花や茶道、日常所作を学ばせた方が 将来身になると思う。考えかたは古いかもしれませんが、私はそう感じるのだなぁ・・・。そして、文化を知るならば、別に武道だけではないことからも学ぶことはできるだろう。  美術担当として記すのならば、日本美術(ふすま絵、水墨画、浮世絵と西洋美術との比較等)
に触れることも、立派な文化を知ることに繋がることでしょう。文化を知る上で、古典を理解することも大切なことだと感じるし、文化を知る上で体育の授業時間を増やすのは考えてしまう。

 全国津々浦々の学校施設の条件や教員の条件,子どもたちや保護者の意識,その教科内容を必修にする必然性などを 厳密に吟味してから慎重に決めるべきだと感じた。ある一部の識者の主張を そのまま鵜呑みにするような改訂は許されないし、許したいとも思えない。。

 学習指導要領を時代に応じて改定することはかまわないが、現実的な問題や、生徒の実態を理解して改定を検討してもらいたいものである。
by hakusuke | 2007-09-05 22:16 | 時事問題 教育問題 | Comments(0)