「教育問題」「美術教科指導」等駄文であれこれ感じたことを綴ってます。


by hakusuke
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2011年 03月 25日 ( 2 )

カレーライス

 3月11日14時46分以降,未だ余震は連日ありおさまる気配をみせない。たまに受信するエリアメール(緊急事態発生を知らせるメール)をキャッチする時もある。恐らくあの地震がなければ震度4であれば少々動じたることもあっただろう。しかし,非常に地震に対して麻痺している自分がいる。

 校内職員の異動について,話を聞いている時も校舎の中で揺れた。周囲の職員もあまり動じる人はいない。「あ!地震だ・・・。」「地震かな?」程度の反応である。良くないこととは分かっていても,やはり地震に対して麻痺しているのだ。
 本日の送別昼食会後,片づけをしていたところ緊急速報=エリアメールを受信した。震度4だったことをあとから知る。この幾度となく続く余震は,安定しない地を踏んでいるといった感じであり,フワフワした地面に足を乗せているといった感覚である。


 本来ならば,職員クラブ一同で送別会を行う計画だった。当然,送別会をやめた。やめる云々の前に,ライフラインが復旧していなかった先週,お店も開店することすら難しい事の想像がついたのでキャンセルをした。
 私は送別会担当の学年であり,「送別会のかわりになることはないだろうか?」と担当学年の一人として考えた。何かできることで転勤される先生方を喜ばせたいと考えていた。学年スタッフであれこれ策を練時,「カレーライスで昼食会をしたら?」とナイスアイデアを提案した職員。素敵なアイデアだったので即採用(^v^)v

 私の担当は,お昼に間に合うように料理する方。肉の調達係だった。少しずつ最寄りの精肉店も販売を始め,美味しいお肉を購入することができた。もちろん,肉の種類や販売時間は限られている。
「少しね!」と,この送別会のことを知った職員から,ジャガイモの差し入れ,玉ねぎの差し入れ等あり,たくさんの野菜を手に入れることができた。
 9時30分から,調理室で仕込みをはじめた。つくる量が,合宿,炊き出しのような量である。米にしても,想像できない量(7カップ×7つの炊飯器)で,ご飯炊きである。大きなボウルに人参,ジャガイモ,玉ねぎ,かぼちゃ等。4名で時間に間に合わせるため,大きく野菜を切って,大きななべでつくる。つくる。つくるー。

 11時ごろ,男性職員が「巡視です!」といいつつのぞいてきた。「待っていてねー(^v^)」
ALTも「何 ?カレー?と,大鍋3つのすごい量に驚いていたALT。「暇なら手伝って!」で,ALTにも,会場のセッティングやお皿運びを手伝ってもらう。

 校内放送で会場に来るよう呼びかけてもらい,ご飯を盛る。恐らく一人当たりお椀2杯分はもったはずだ。「おぉ肉だ!」「うま!」で,食べることができた。お代りもあり,1食分だけのルーを残しごちそうさまをした。
 一通り食べ終えたあたりで,退職・転任する職員から一言ずつあいさつをいただいた。様々な生徒とのかかわり,職員とのかかわり,学校の雰囲気が変わってきた等考えさせられることも多々。そんなこともあり,盛会に『送別食事会』を終えることができた。被災地や,少しずつ町の復興に向けてボランティアの方たちが温かい食事を提供しているといったニュースなどから考えると,とんでもなく贅沢な食事だったなぁと感じた。

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 最後に,校内で記念撮影をした。もちろん,スーツなぞ誰も来ていない。動ける服装であり,エプロン姿で写っていたり。でも職員一同,素晴らしいくらい皆笑顔である。職員分プリントアウトして,同僚に見せたら「いいねー」「とってもいい!」で失笑してしまった。

 退職・転勤する職員の皆さま。それぞれ新しい地で,前に進んでほしいと願っている。別れ,出会いを大切にしたい春。まだちょっと外は肌寒い。早く温かくなるといいなぁ。
by hakusuke | 2011-03-25 22:44 | 職員室から? | Comments(4)

地震後 ~14日~

 東日本大震災から14日が過ぎた。14日前のことなのだが,本当あれこれあり過ぎて,遠い昔のことのように私は感じてやまない。

 震災後1週間目は,市内のパイプラインが復旧のめどもみえなかった。朝は日がともれば書類というか文書の作成,暗くなれば床に入るといった生活だった。外も家の中も真っ暗。同時に拙灯油策(今もだけど)として,いかに限られた暖房の中で寒さをしのぐことができるか考えた。暖房のありがたさを知った週でもあった。また,ガソリンのこともあり限られた職員しか出勤は難しかった。出勤している職員(自称若手)は食料を確保できるか,知恵を出しあい生活をしていた週でもあった。
体育館も被災所であったため,寝泊りしていた職員もいて,疲労を口にすることなく仕事をしていた職員は素晴らしいと感じた。
 震災後2週間目は,市内で少しずつパイプラインの復旧がみえはじめ「水が出るようになった!」「昨日電気がついたよ。」等の会話だった。徐々に市内のパイプラインの復旧にめどがみえてきた。あれだけの地震を受けたというのに,生活ができるように復旧,回復にむけて動く「日本人ってすごいなぁ」と,自国ながら感心した週でもあった。
 生活物資の確保は回復はしてはいるものの物流は途絶えている。しかし,今までの便利で快適な生活を恥じたというか自分なりに見直しをした週でもあった。「保存食作ったのー(^v^)v」で職員室で話をしていたら,失笑された。うーん。私は自転車通勤していたので,ガソリンスタンドには並んでいない。本当車社会になっているのかが垣間みえてやまない週でもあった。同時に遠距離から通勤している方たち,10km~20kmいやもっとあるな・・・自転車をこいで汗をかきながら出勤している職員も多くいた。本当すごい。
 
 前エントリー後,校内では様々な変化があった。

 <小中引き継ぎ会>
 このような事態に,丁寧に資料を持参して来航してくれた小学校の先生方に感謝。「新しい顔ぶれが来るのだなぁ」,「まだまだ先のことだなぁ」とも感じながら引き継ぎをしました。新年度に使うものであったり,校内計画を全て修正が必要となった今,どうするといいのか想像することができていません。新入生は160人前後である。新学期というか4月になれば,授業に対する心構えや自分なりの授業に対する気持はかたまっていくと思う。

 <公立高校合格発表>
 合格発表が各高校で掲示されているだろう時間は,小中引き継ぎ会の会議をしていた。15時40分あたりから,外で「がんばろー」「やったよー」と,卒業していった生徒たち歓声を聞くことができた。合格した生徒たち。おめでとう!同時に入学するにあたり列車,バスで通学する生徒たちはどのように今後通学をしていくのか?学校と公共機関は本当に結びついているなぁと感じた。本当にどのような措置をとるのだろう??

 <修了式>
 非常に簡素化した式であったけれど,式を行えたことは喜ばしいことでもあった。登校指導しつつ,生徒たちがキャーわーと「元気だった?」「久しぶり!」「お!やぁ先生!」等々の会話を聞いて嬉しかった。よくわからないけれど,嬉しかった。生徒たちが元気に登校している姿を見て「生きる」「生きているってこんなことなんだなぁ」としみじみ感じた。同じようなことを生徒指導主事も感じたことを,生徒たちに伝えていた。
 式のはじめに1分間黙祷をした。黙祷の時間,ほんとうあれこれのことが脳裏をかすめ涙が出た。式の最後に校歌を在校生とともに歌った。校歌を耳にして,あらためて「生きているんだなぁ」と考えさせられた。


 <人事発表>
 本来ならば,新聞で発表されるのだが今年度は紙面掲載はない。夕方,「全職員集合」と校内放送が入り,職員室で一同聞いた。予想はしていたけれど,多くの職員が退職・転勤をすることがわかった。校内発表といえど,心構えというか突然の話だったので動揺してしまった。発表を聞いた日の夜,寝つけず何度つぶやいたことか。
 生徒たちは,学校から発信しているメールや電話連絡等から離任式は行わないことは周知していた。修了式を終えて,退職・転勤する職員一同が壇上に上がり紹介されて知った状態だ。前日の私もなのだが,生徒たちも動揺しそしてかなり驚いていた。教室に移動して,また放課後になり涙を流す生徒は多かった。

 あくまで,私の周辺でのできごとであり,まだまだ避難所生活をしている方,パイプラインの復旧にめどが全くもって立たずに生活をしている方たちも数多くいる。島での生活により,空輸で救援物資を届けられている被災者の方,避難所でストレスを抱えて生活をしている方,まだ親戚,知人等の安否も取れぬ方たちも数多くいる。少しでも早く復興に向けってほしいと願う。

 今気になってしょうがないのは,放射線物質による被害。本当に何がどうなんだか先が全く見えない。正しい情報流しているのかもしれないが,数日前に報道されたことが撤回されていることも多く,胡散臭く聞こえてしょうがない。この放射線の被害によって避難している方たちのもどかしいというかストレスは大変であろう。
 また,この被害により農産物,海産物で生計を立てている方たちの話を聞けば聞く程悔しくてしょうがないだろうなぁと感じてしまう。この放射線のことに対して何もできない。考えることはできても,動くことができない。つまり何も行動を起こせない自分がいる。これが悔しい。 
 



by hakusuke | 2011-03-25 19:46 | 自分のこと | Comments(0)