「教育問題」「美術教科指導」等駄文であれこれ感じたことを綴ってます。


by hakusuke

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ホーマー作品の指導

 1年生の鑑賞指導で、ホーマーのカントリースクールを取り扱おうと構想中です。夏休み中から、もうウダウダ構想練り初め、気がついたら稲穂が垂れている。なんて仕事がのろいのだ?!「オイ!サクサク仕事進めようよ!」と自分突っ込みしてしまう。

 平成18年度、中学校美術は教科書改訂であり、ホーマーは新たに取り扱われた作品でした。昨年は高校生相手であったことも含め、教員採用試験の勉強として中学校教科書を購入していました。改訂版教科書をみるまで、ホーマーという作家について知りませんでした。2次試験結果待っている間、ギャラリーフェイクを読んだ際に、「あぁ!この作家なんだ・・・」と知りました。  ネットで検索かけてみても、ホーマーに関するサイトは数えるくらいでした。a0074653_10216.gif
 ホーマーについて知りたい方、雑学として知識を得るならば参考まで・・・。
 細野不二彦のギャラリーフェイク(11)~八点鐘~お読み下さい。内容は、こちら

 さて、昨年もチェックしていたのですが、この日文に掲載されているホーマーのカントリースクールを鑑賞指導した、先生方の話題は興味深いです。北海道の山崎先生同じく北海道の土屋先生京都のM先生が実践された内容を紹介していたこから、私ならばどのような指導形態で、どのような発問するかなぁ・・・を検討しています。

 同時に指導書に記されている内容や、DOME79号にもホーマーに関しての紹介はかなり参考になっています。DOMEからの資料を参考にして発問するならば、私は服装と授業の様子(皆バラバラの姿勢で授業受けている)を中心に鑑賞させたいし、生徒達の率直の感じ方をききたいと考えています。同時に、南北戦争って言って生徒達は理解できるのか疑問なので何かしら説明する必要があると感じています。

 私自身あまり馴染みのない作家に対して、生徒達にどのように興味・感心を抱かせつつ、鑑賞指導ができるか?ハイ自分の課題とします。

 まとまっていませんが〆 (・・・続く?)
 
by hakusuke | 2007-09-25 20:40 | web情報から 私的に勉強 | Comments(8)
a0074653_19258100.jpg僕はパパを殺すことに決めた


 随分と話題になっています。人権保護団体や、個人情報の観点からも随分と、このふりージャーナリストである草薙厚子さんは叩かれている。
 
 感じたまで記すならば、私はこの本は出版して◎だったと感じている。この本に限らず、この草薙さんは、少年事件に関する著書を多く記していて、神戸少年Aの更正記録や、長崎佐世保の事件等、執筆してきた。発売されるたびに、普通・フツウといわれる児童・生徒達がどのような心理や家庭状況から事件に結びついたのか興味があって、私は読んでいました。

 話題となっているせいか?この書籍。アマゾンで検索かけたら4倍から10倍の価格で取り扱っていて、なんか馬鹿馬鹿しくなりました。それはそうと、この書籍を開くと、装丁家の方の工夫がちらりと見られます。不謹慎とも言える内容ですが、少年が事件を起こすまでの直筆メモ書きがそのまま裏表紙になっているので、このへんも少年を弁護する側から問題視してしまうのかも?と感じました。

 もともと、私はこの少年と父親に判定を下すならば、少年の方に一票あげたいと思い、過去報道番組を見てきました。この書籍を読んでますます少年に一票投じたいと思えましたし、読んだら泣きそうになりました。

 ニュースでは伝わらなかった事実の数々が、少年、父親、実母、継母の父母、クラスメイト等の証言で次々と明らかにされています。なかでも、読み続けるのがつらいほどの、小学校から始まった少年と父親のマンツーマンの猛勉強。事実なのかわかりませんが、問題が解けなければ殴る。引きずり倒して殴る。暴言を吐く。父親の暴力は徐々にエスカレートしていき、ついにはシャープペンシルで少年の頭を刺すといった行動をもする。芯は頭に残って、少年はそれを引き抜き、勉強を続けた・・・ 。逃げられない。父親が逃がそうとしない。

 これだけのことをされていながら、事件として表面化するまで、誰も少年の気持ちに気づけなかったという現実。当時のニュースを思い出しても、近所の方々のインタビューで「上の子はいたかしら?」 といっていた方すらいたくらいだったから、よほど家庭の中でも存在が薄れていたのだろう。

 子どもは親の所有物じゃないです。同時に、探せばこのような保護者の方や表面的にはわからない児童・生徒がいることに気配りしていかねば・・・と考えさせられる書籍です。
by hakusuke | 2007-09-23 22:46 | 本-教養 | Comments(2)

稲刈りはじまる

a0074653_16494583.jpg新人大会前であり、仕事が終わらない職員が数名出勤していました。人のこと言えませぬ。

私、この田んぼを見渡せる勤務先近場の喫茶店で昼食をとってから、午後から出勤。文化祭に展示する作品の整理や、造形美術展の準備などしていたらあっていう間に夕方となってしまう。
by hakusuke | 2007-09-22 16:50 | 気まぐれ写真 | Comments(0)

日展~100年~

by hakusuke | 2007-09-22 10:49 | 宮城県・展示情報 | Comments(0)
昨日何故生だったの?」といったエントリーをしている。

自分にいいくるめることを含め、反省しなくては!

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by hakusuke | 2007-09-21 23:30 | 自分のこと | Comments(0)

何故?生だったの?

a0074653_22265714.jpg学級の生徒達は、家庭科の調理実習でハンバーグづくりだったようです。ちょっくらお邪魔しつつ、ハンバーグを試食させていただいてきました。

 学級では6班の生活班があり、上にのせる具が各班ごとに決めておく課題だった様子でした。まぁそれはいい。生徒達が焼けただろうと思って切ったハンバーグ。

 「先生!生です」「生っぽいなー」といった声がちらりほらり。生ハンバーグは、遠慮しましたが・・・学級で帰りの会に伝えたこと。

 「何故“生”だったのだろう?少し考えてみよう。○先生にOK貰えた班は、何故成功したのかなぁ?」 

<生ハンバーグ班>
・私語。
・話を聞き忘れた。
・勝手に先生の説明どおりではなく進めた。
・一人に任せた部分もあった。 


 「できなかった!」だけではなく、「どんなことからできなかった!」の分析が必要なのです。定期テストも同じだと考えてほしいです。「点数が悪かった!」だけではなく、自分の取り組みと点数を見比べてみて欲しいです。


 人のこと言えたもんじゃないけれど、振り返りは大切ですね。
by hakusuke | 2007-09-20 22:36 | 指導観? | Comments(0)

青少年の主張大会

 勤務校で、県の青少年主張大会が開催されました。勤務校は、弁論を夏休みの課題としていなかったこともあり、学級の生徒達は弁論って言葉じたいチンプンカンプン。先週、本日の朝の会をはじめ、弁論とはどのようなことか?云々熱く語り、「この大会会場が○中で聞くことができることにかんしゃしなくちゃぁ・・・」を伝えてきた。

 生徒整列させたあと、○先生がこの弁論大会開催するにあたってと生徒たちに整列指導しつつ熱く語っていた。「宮城県の中学校はだいたい200校だよねー。そのうちの1回に君たちは巡りあえたわけだ・・・長生きしても聞けないね。」生徒以上に納得して、頷いてしまった私でした。
 
 それはそうと、14名の各地域から選ばれた生徒達の主張は、やはり聞き応えがありました。
部活動を続けていく上での葛藤や、障害をもった家族と暮らして感じること、家庭のこと等、本当身近なことではあるけれど、中学生の視点でもって堂々と発表している生徒に拍手をおくった。

 帰りの会。2時間聞き続けて、飽き性の学級の生徒達は疲れ気味だったけれど、素晴らしい意見を聞いて何かしら受け止めたようだ。ただ、意見を伝えるだけではなく、何かを訴えることの素晴らしさに気づけた。青少年の会場校でよかったと感じた担任でした。
by hakusuke | 2007-09-19 22:55 | 日記 今日という日! | Comments(0)

目から鱗ポロリ3 

 初任者研修の一環で、道徳の授業を参観してきました。全校生徒数は57名で、授業提供していただいた6年生は11名の学級だった。「さぁ!授業観よう!」と初任者一同立ちあがろうとしたところ、全校生徒と教職員が研修生の前に集まり、歌を大きな声で歌ってくれました。

 目から鱗ポロリ

 22名で授業参観に出向きました。「生き方を学ぶ」といった題材でしたが、学級一人ひとりがお互いを認め合っていて、発問内容にしっかりと考え、発表していました。発表するにしても、返事も大きく、発表の際は椅子をきちんと入れる等、当たり前のことを当たり前に実践している児童たちでした。教室経営にしても、この研修会があるから、掲示物を作成した雰囲気は一切観られず、日頃の積み重ねを公開していることが伝わってきました。授業参観後、初任者一同「すげぇぇ!」でした。

 目から鱗ポロリ


 授業参観後、学校長の挨拶というか初任者に期待することと称して、この学校の学校経営や教員の指導力=学級経営力について、学校長から講話を頂いた。学校・家庭・地域が非常に連携された指導を徹底していることが理解でき、昼休み皆で「すごぉぉぉい!」でした。
 この講話してくださった校長さん曰く、「教師は経営者であるべきだ!」というのです。自分で学級をどのように運営したいか?生徒達を動かすためにはどのように働きかけるのか?そのために日々教材研究をたゆまず行うべきだ等、当たり前のことなのだけど、初任者一同日々のことで手一杯だから、目から鱗ポロリだったわけです。
 私は先週私より2歳年下といえど、一応上司だな・・・「○(私)先生!先をみて生徒会活動して下さい!」と指摘を受けたばかりなので、自分自身を反省しながら、研修を受けていました。本当に!本当に!!ごめんなさい○先生。
 


 一喜一憂にしてできた指導ではないけれど、本当に時間をかけて生徒や家庭・地域と職員が向き合い指導されているかが理解できました。無駄にしてはいけないなぁ・・・。目から鱗ポロリは、3回だけではなかったけれど、この研修会に参加できたことの喜びと、自分の指導に少しでも還元できればよいと思い、学校に戻ってきました。

 

 その後、学校周囲が、台風の冠水によって、とんでもないことになっていましたけれど・・・

 
by hakusuke | 2007-09-18 22:33 | 研修会 | Comments(0)

ミス・ポター

a0074653_20584411.jpgミス・ポターを観に行きました。『ピーターラビット』作者であるビアトリクス・ポターの半生に関する映画です。

 私は、ピーターラビットの本は、幼い頃良く読んでいました。引っ越しが多かったこともあり、段ボール奥にしまいっぱなしにしてしまい、しばらくピーラーラビットの絵本を読む機会を逃していました。映画を観て、「あぁ、こういった人生の方だったのね・・・」と気づかされました。

 
 幼い頃から大好きな動物たちの絵に、物語を添えてきたビアトリクス・ポター。夏になると、都市部から田園広がる避暑地に数ヶ月滞在するといった、上流階級のお嬢様である。嫁入り前というか、箱入り娘としてポターの近くにはばあやが付き人としていつでもついて行動を見はっている。幼い頃を回想しているシーンを見る限り、想像力豊かな子どもだったのだろうと受け取った。

 冷静に映画のカット見ていると、 ピーターを描いている時に使用している画材や用紙に目がいってしまう。部屋には、ウィンザーニュートンのカラーインクが並んでいたり、かごの中にコリンスキー(だと思う)の筆で描いているシーンがある。コリンスキーの筆など、高くて学生時代1本しか購入できなかったので、「うわぁぁ・・・」と思い観てしまった。 惜しげなく使用している洋紙もアルシュだろうか? 画材好きな方は、チェックしてみて欲しいし、透明水彩絵の具のみずみずしさにうっとりするだろう。

 ポター、自分の好きなことでもって一生の仕事にしたいと願っている。しかし、今の日本と違う。女性が手職をもつことなど考えられず、両親が結婚相手を決める時代。ポターは母が持ちかける縁談をことごとく断り、縁談には興味・関心を示さない。

 ある日自分の挿絵・出版をもちかけた会社の男性(ノーマン)と出会い、お互いに引かれあっていく。求婚も迫られるものの、やはりお嬢様と商人の相手に両親は猛反対。身分違いの恋とある条件を出すのもつかの間・・・このへんは観てください。あーあ。

 だいたい、当時お嬢様が印刷やの入稿に立ち会うことなど、奇異の目で見られていたのだろうし、女性が手職・自分の稼ぎで生活できることなどありえない時代だっただろう。

 結構半生としては恋愛展開が早い映画だけど、兎やハリネズミをスケッチしているシーンや
ビクトリア調の家具、食器等は見物です。わずかなシーンだけど。

 イングランドの湖水地方は、ポターが購入して農場を営み、遺言でナショナル・トラストに寄付した場所である。豊かな自然を観賞しつつ、のんびりとした気分で観ることができる映画だった。
by hakusuke | 2007-09-17 21:00 | 100本映画 | Comments(0)
 先日高山辰雄画伯が亡くなりました。私は高山辰雄画伯の描く絵が好きでした。言葉として伝えられるかわかりませんが、静寂感とでも記そうか?油絵やフレスコ画では表現できない、日本画だからこそ伝わるあの表現です。

 大家が亡くなって改めて感じることは、これだけの素晴らしい画家がいる・いたことを、教科指導担当でありながら伝えること・気づかせられていない自分が悔しく感じてしまう。授業や校内掲示物の工夫等で、作品を見る機会を多くできればよいのだけど、じっくりと腰を据えてこれらの活動に向きある時間が取れないことも現状です。


 職員会議・学校評価では、「教材研究ができない」といった発言や、書き込みが毎年どの学校でもある。講師時代を含め,学校評価では「あぁ。また誰かが書いたなぁ」と時間がないことについて,誰かは分からないけれど記している。時間など自分でつくるものなのだろうけれど、会議や大きな行事の分掌をあてがわれると、心を落ちつけて資料づくりなどできたものではない。


 教員なら誰もが感じることだろう。自分の専門分野は、何かしら児童・生徒達に興味・感心をもたせたいのが心情であり、児童・生徒が興味をもたせられるような指導をつくりたいと思うだろう。じっくり教材について検討し、指導に生かしてが,教師の勤めだと私は考える。たまたま私は、美術担当だからこそ、美術に興味関心をもたせられればいいなぁと感じるし,このブログエントリーにしても,日常生活の中で,ついつい考えることも,美術教育に結びつけて考えてしまう。ある意味職業病・・・。

 本来生徒達の成長を考えるならば、何が必要なのだろう?

 美術という教科を、学校の生徒全員が好きになってくれとはいわない。選択教科のあり方として、生徒も教師も、もっともっとゆとりがある指導を進めることや、学習指導要領にある発展的な指導で、個々の生徒達の能力を高める指導を考えなくてはいけないだろう。
 体育で体を動かすことを好むならば、多いに体を動かして欲しいと願うし、陸上でも武道でも、必修教科以上に体力や記録を伸ばして欲しい。音楽が好きならば、きれいな音色で演奏することや、美術と同様作家について深入りしてもよいだろう。
 
 文科相では、総合的な学習の時間、選択教科の時数削減と発表している。どのような観点から、児童・生徒達の心の成長や、能力を見つけ育てていきたいのか検討して欲しいと思う。
by hakusuke | 2007-09-16 15:13 | 時事問題 教育問題 | Comments(0)